「清水寺の寺宝」 Treasures of Kiyomizu

清水寺の寺宝 1 秘仏 十一面千手観音立像<前編>

※1 起り反り屋根
起り屋根とは緩やかな孤を描き中央部分が膨らんだ屋根、反り屋根はその逆を指す。起り反り屋根とはひとつの屋根の曲線のなかに起りと反りが混在した屋根のこと。
※2 寄棟造(よせむねづくり)
大棟の両端から四隅に向かって降棟が降りる屋根の様式。
※3 前立仏(お前立)
前立仏は通常、厨子内に安置されている尊像と同じ姿の縮尺仏とする。清水寺本堂の前立仏は像高138センチと本尊よりもひとまわり小さく、桧材の寄木造を漆箔で仕上げている。
※4 寄木造
一木から像を彫る一木造に対し、より自由な造形を可能にする技法として平安時代に考案された。多くの木を部材として頭や胴体、両腕などをつくり、それらを組み合わせて一体の像をつくる。
※5 白毫
仏の眉間にある白い毛。

清水寺の観音信仰の中心となる本堂(国宝)は、正面約36メートル、側面約30メートル、棟高18メートル。檜皮葺の曲線が美しい起り反り(※1)屋根が象徴的な寄棟造(※2)の巨大建築だ。外観をはじめ構造の随所に平安建築の様式を取り入れ、かつて平安貴族たちが暮らした寝殿造の趣を今に伝えている。

錦雲渓に建つ舞台の北側には、板張りの廊下を挟んで参詣者が手を合わせるための※外陣(礼堂)がある。そして、その奥には内陣(相の間)、さらには内々陣と続く。内陣より先は仏様の世界。きらびやかな荘厳仏具が配され、漆金箔を施した柱で内陣との境界がはっきりと区別されているのも現世とはまったく別の世界だからだ。内陣から先には特別な法要でもないかぎり、僧侶であっても自由に立ち入ることができない。

広々とした内々陣は仏の世界。本尊を奉祀する厨子の前には前立仏が安置されている。

慈悲の心をかたちに

外陣からは仄暗い内々陣の様子は見えづらいが、よく目を凝らすと蝋燭の灯りに照らされた広い空間があらわれてくる。

内々陣の石敷には長く大きな漆塗りの須弥壇が置かれ、その上には三基の厨子(国宝)が祀られている。その中央の厨子に奉祀されているのが清水寺の本尊、十一面千手観音立像だ。本尊は秘仏であるため通常厨子の扉は閉ざされているが、厨子前に安置されている本尊を模した前立仏(※3)でその姿を知ることができる。

大仏師であり、清水寺の信徒総代でもあった故西村公朝氏の調査によると、本尊は像高173センチ、光背から台座までの高さは約260センチ。桧材の寄木造(※4)で漆や彩色を施さない素地仕上げ、白毫(※5)には水晶がはめられており西村氏はこれらの様式から鎌倉中期の作と推定している。清水寺に残されている記録から推測すると、おそらく創建以来の本尊は災禍で失い、現在の本尊は1220年頃に再造したものだと考えられる。

大人の背丈ほどもある十一面千手観音立像は、向かい合う者を優しい空気で包み込む。四十二の手と、十一の表情をもって一切衆生を救おうとするその大きな慈悲は、厨子前に安置されている前立仏からも感じることができる。

本尊を写した前立仏から「清水型」千手観音の姿をうかがい知ることができる。

独特の姿をした「清水型」千手観音

その慈悲心の象徴ともいえるのが、手のかたち。

一般的な千手観音像とは異なる姿だ。

「お前立からもわかる通り、清水寺の十一面千手観音像は両脇左右上方の腕を頭上に伸ばし、釈迦如来像形の化仏を両手で捧げ持っています。このお姿は『清水型』と呼ばれ清水寺独自のものですね。同じ清水型の千手観音像は各地に存在しますが、いずれも清水寺の本尊をうつしてつくられたものです」と解説してくださるのは清水寺学芸員の坂井輝久さん。

十一面千手観音像が正面で合掌する真手の二臂(手)のほか、数珠や宝鏡、宝弓などの持物を持った四十臂にはそれぞれ25の法力が宿るとされている。つまり、40×25で千手をあらわしているのだ。そもそも千手の「千」とは無量・無限を意味し、観音の大悲利他があらゆる方法を使い、どの方面へも行き届くことを指している。

「十一面の表情にも注目してください。優しげな本面と頂上面に加え、前方には穏やかな慈悲三面、後部には大笑いをしている大笑面があり、いずれも観音さまの慈愛をあらわしています。また、右方の狗牙上出三面はむき出しの牙を、左方の瞋怒三面は激怒の表情を見せていますが、これらにはいずれも衆生の悪行を改めさせ、努力する者を励ます意味があります」

坂井さんは「この御本尊は観音様を信仰する人々の、強い救済への願いがかたちにあらわれたものなのでしょう」と話す。

清水寺の本尊を直接目にすることができるのは33年に一度。次に開帳がおこなわれるのは2033年の予定だ。

「33年ごとのご開帳は遅くとも江戸時代中期には定着していたと考えられています。今も昔も多くの人が待ち望む一大イベントだったんです」と坂井さんは、本尊が安置される厨子を見上げながら話を続ける。

「この『33年』という周期にもちゃんと観音さまに因んだ意味があるんですよ」

後編に続く

秘仏 十一面千手観音立像(前編)

清水寺学芸員 坂井 輝久

1948年、福井市生まれ。
京都新聞社勤務を経て2012年より現職。